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190705

 投稿者:ごくう  投稿日:2019年 7月 5日(金)20時56分59秒
  お久しゅうございます♪

あばら家の御隠居ですYO!
 
 

7/7が近付いたと思って

 投稿者:かず@川崎  投稿日:2019年 7月 5日(金)09時06分33秒
  雑草でボーボーになっていないか見に来ましたYO!  

追記

 投稿者:ごくう  投稿日:2019年 7月 2日(火)22時59分34秒
編集済
  邇波さん
もしかして
 (無題)      投稿者:匿名某  投稿日:2011年 8月30日(火)17時44分41秒
良峰氏なる丹羽氏  投稿者:匿名某  投稿日:2011年 9月16日(金)08時24分3秒
の方でしょうか?

投稿者名を変えられたのでしょうかな?
だとしたら、お初ではないですね。すみません。
その後の投稿がなく、お尋ねできず仕舞でしたが
件の出典は おうかがいできますか?
 

系図

 投稿者:ごくう  投稿日:2019年 6月15日(土)20時39分49秒
  邇波さん、こんにちは。
管理人のごくうです。
唐突ですが、これはなんでしょう?
 

丹羽 長秀系譜公開

 投稿者:邇波  投稿日:2019年 6月15日(土)20時02分36秒
  邇波 荒田(大荒田命。科野国造)―塩古(邇波 縣君)―角古―広高(秦 河勝)―良世(熊)―忠叙―忠貞―菅原 清貞(清公)―興善―是善―道善(道真)

邇波 広高(秦 川勝)―良世(熊)―忠叙―忠貞(太秦 嶋麿)―
)―惟頼―惟季―季光―惟光―恒季―季高―原 高成―高長―立木田 高義―高光―高重―林 高綱―忠高―通安―秀貞

林 高綱―丹羽 忠長―長政―長秀・・・
 

牛歩

 投稿者:ごくう  投稿日:2018年 6月13日(水)20時40分41秒
  永らく時間をかけてしまいましたが
「マイナー武将列伝・足利義栄」改訂版アップデートロードしました。

リンク以外での本文では2年ぶりくらいの更新です。
 

足利義栄

 投稿者:モラエス饅頭  投稿日:2018年 5月 6日(日)15時20分54秒
  三好3人衆と松永久秀の反目など、読み進めると面白い本だと思います。  

Re:足利義栄

 投稿者:ごくう  投稿日:2018年 5月 4日(金)19時30分46秒
  『足利義昭と織田信長』、手に入れました。
未だ全部は目を通していませんが、前半部分 p.40~p.41あたり
永禄9年の出来事のを記した箇所に
「足利義栄が摂津国富田の普門寺まで進出してきている」とあり。
その後12月に左馬頭に任官された事が記されていました。
永禄9年末迄には阿波を出て摂津に進出していたという事ですね。

もう少し詳しくと思いましたが…あまり詳しい事は掲載足さされていない様子。
足利義昭の左馬頭に任官について『言継卿記』参照の記載がある。
足利義栄についても記載があるのでは?と捜したところ。
 『言継卿記』廿七 永禄九年九月より 廿五の項
   一昨日廿三日、夜半時分阿州公方摂州へ御着岸云々、
   左馬頭入道殿御息、卅一才、同御十四才御三人云々、
と、ありました。

阿州公方=左馬頭入道殿=足利義維とすれば、その息子31歳と14歳のうち
31歳が足利義栄なのでしょう。

これで永禄9年9月には摂津国まで来ていたという根拠がわかりました。
もう少し、その前後の事を調べてから「マイナー武将列伝・足利義栄」を
修正したいと思います。
多少時間が係るかもしれませんが、ご容赦ください。
 

足利義栄

 投稿者:モラエス饅頭  投稿日:2018年 5月 3日(木)05時17分22秒
  はい、その本です。昨年末に出たばかりだと思います。義昭と義栄の将軍レースが書かれています。  

(無題)

 投稿者:ごくう  投稿日:2018年 4月29日(日)23時16分18秒
  「足利義栄と織田信長」久野雅司著の書籍が見つからなく…
中世武士選書・戒光出版で検索したら
中世武士選書40巻「足利義昭と織田信長」がHITしました。
こちらでいいのかな?
 

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