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『信長は本当に天才だったのか』工藤健策:著 草思社:刊
なんだか、ちょっと気負い過ぎてる気がして読み疲れました。。。
とりあえず「信長は天才」であるという巷の声が気に食わないらしく
それを否定する事に固執し過ぎて肝心の著者の見解が読み取れない。
そんなに「信長=天才」って評価が歴史学会に蔓延してますかねぇ…
どちらかというと、ゲーム・コミックを中心とした戦国ブーム上の信長感のみ
「信長=天才」で描かれ学術書上の信長感では「逸材である事は確か」程度かと
思うのですが…。
確かに学会の高名な諸先生もムック本やマニア向けの本では「天才」という表現も
用いられていますが、学術書や論文で「信長=天才」を謳うことはあまりないかと。
雑誌のコラム程度の代物で250頁程の本にするまでもなかったんじゃないかと。
まず、「天才」ってなんだろう?
これは人によって評価が分かれるのではないでしょうか?
人それぞれに「天才像」があり、私ごくうの思い浮かべる「天才」の条件と、皆さんの描く
天才像も違うかもしれない。
少なくとも著者と私とでは違うと感じる。
津田陽氏の描く天才の条件が、井沢元彦氏の描く天才像に当てはまらないかもしれないし
池宮彰一郎氏の天才像と異なるなるかもしれない。
つまり津田陽氏の描く天才の条件が、著者の考える天才の条件と異なれば
当然、津田陽氏の推す天才を著者は天才と思わないだろうし、著者の描く天才を
津田陽氏も認めるかどうかはわからない。
その程度のものだと思うのです。信長は天才だったかどうかという論議は…。
あと気になる著者の見解が読み取れない事ですが
「尾張勢が弱兵なのは戦国史の常識だが(p35)」と書かれてますが、本当に常識なのでしょうか?
よく小説等ではおなじみの文言ですが、信長は天才である事が世間の「常識」と
謳われていることを実例を挙げて否定する以上、尾張弱兵の「常識」も検証して
欲しかった。
「尾張は田畑も肥え商業が盛んで裕福な為、貧困層の必死さがない」
「傭兵制度等、金で雇われているから、命が危なくなればすぐ逃げる」というのが
小説等でおなじみの「尾張弱兵の理由」で、同署もそれに似た事しか書かれていない。
これは昭和初期(所謂戦前)日本が「僅かな米をわかちあい食べてる日本人が、毎日肉や
果物をたらふく食べている英米人に負けるはずがない」といって負けたのと
同じ感覚ではなかろうか?
「尾張弱兵」が大前提にあり、その理由として挙げられるものを述べただけ。
負け戦を幾つか挙げているけれども、「全戦全勝が天才の条件」というのならともかく
どの国の兵も勝ち戦と負け戦を重ねているのだから、負け戦ばかりを挙げて、
だから弱いとされても説得力に欠けるのです。
負けを重ねても、結局、本能寺で倒れるまでは結果として各戦局は勝ち戦で終わっているのですから。
それに本当に「尾張弱兵が常識」であるならば、そんな弱兵を率いて京まで上った信長は天才だと思う。
ちなみに
私は「天才」という言葉に確たる定義を設けていません。(IQ指数とかではなく感覚として)
あらゆる事を卒なくこなす人も天才でしょうし、一芸に特に秀でた方も天才、頭の切り替えの早い人も天才、
努力の結果をフルに引き出せる人も天才、逃げも負けも有効に使える人も天才だなぁ…と感服する程度です。
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