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安土城、岐阜城、清洲城が紹介されておりました。
(…こういう時、いつも小牧山城は日陰者なんですねぇ…
まぁ、3城に比して史料が少ない為もあるかもしれないけど)
現在、安土城跡と岐阜城下の調査が進められてますけど
(あっ!今日、岐阜まつりだ!武者行列もあるんだよね。)
小牧山も信長がかなり手を加えてますので、天守や城下町の造成過程にとっても
重要な場所だとは思うんですけどね。
で、本題の『信長の城』ですが…
複数の先生が分担して執筆されえます。
そこで気になったのですが…各先生のクセが出ているのでチョット誤解が生じるかも。
安土城にまつわるエピソードや論点は諸説多く断定できるものが少ない。
故に記事は
「〜のだろう」「〜と思われる」「〜ではないだろうか」
といった文章になりやすい。
ここで
「〜である」
といった文で締めくくられると、
前出の部分は諸説あるが、ここは真実である…
という印象を受けやすい。
一人の執筆者が前文書いていればそういう事になるのだろうが、章によって執筆者が異なると
論調までが異なるのでそうは言いがたいが、多くの読者は、そこまで読者は気にして読まない。
断言した箇所だけ強調して受け止められてしまう様な気がしてしまう。
つまり、諸説を踏まえて書くより自説を強い論調で書いた方が印象深い…といった様な。
そういった点ではちょっと怖い本である。
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